今、テレビに出るのは「もってる」人ばかりだ。甲子園の優勝投手で早稲田に進学し、今季日本ハムに入団した斎藤佑樹は自らを「もってる」と言った。名声もあり、素晴らしい仲間もあり、今は、日本中の報道関係者をもっている。な~んももってないオレは、口をアングリとして見るほかはない。
テレビではニュースをやっている。直木賞、芥川賞の発表らしい。「道尾秀介」…あ、このまえ情熱大陸に出ていたぞ。才能あり、大ヒット作連発、セレブな友人多数。写真のモデルにもなっていた。こいつももってる奴だなあ。「きことわ」…なになに、慶應義塾大学院生の20代?フランス文学者一家?あ、きれいな人だ。才色兼備じゃねえか。この女性ももってるなあ。
今や、もってる人でないと世に出ることは難しい。傑出した能力、清潔な外観、温厚な性格、つまり紳士淑女でないとダメなのだ。彼らは瞬く間にもってる者同士でネットワークを築き上げてしまう。今流行の「無縁社会」も、もってる人達による囲い込み運動の結果にすぎない。そして、彼らは決して「もってない」我々は視界に入らない。
ニュースは続いている。え、もう一人、芥川賞いるのか。ぱっとしない中年男がでてきたぞ。
「今から、風俗行きます。祝ってくれる友だちもいませんし、連絡する人も誰もいません」 ???
なんだ、こいつは?見事なまでに、もってない!!!
オイラはすぐに本屋に駆け込んだ。お金を使いたくないが仕方ねえ。「ボクに『苦役列車』を売ってください」
すげえよ、これは。ここまで魂をゆさぶられたのは久しぶりだ。この孤独感。この孤立感。この虚無感。あがいてもあがいても浮かび上がれない息苦しさ、滑稽さ。これは、もたざる者の、もたざる者による、もたざる者のための書だ。
日雇い先に向かうバスの中から野球場が見える。そう。オイラも何度も見てきた。バスからは決まって野球場が見える。誰もいない野球場が。
圧巻は、日下部の彼女と接点をつくるため、一緒に野球を観に行くシークエンスだ。そこだけ主人公の頭は素早く回る。断じて怠惰ではない。フロイト曰く。「性衝動は自分が思っているよりもはるかに強い」しかし、主人公は失敗してしまう。
『苦役列車』が優れているのは、もたざる者の声を代弁してるからではない。もたざる者が怠惰な海に心地よく浸ったときの苦境をあますところなく描いているからだ。
それにしても、我々にしかわからない世界だ。よくぞ、選考委員の方々が推してくれたものだ。おかげで、怠惰なボクも西村賢太を知ることができた。その僥倖に深く感謝する。
Amazon: 苦役列車: 西村 賢太 (via mesangium
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